​うさぎの喘ギ×ツレヅレ 交流企画

第一回『俳優座談会〜コロナ禍における創作活動について〜』

同じ稽古場を利用し公演期間の重なっているうさぎの喘ギとツレヅレ。両団体の交流とお互いの公演の周知を目的としたのが本企画の趣旨である。今回は、普段舞台の表に立っていながらも、俳優自身の言葉を聞く機会が少ないのでは?という発想から、俳優たちによる座談会を行った。

参加者

うさぎの喘ギ
 浦長瀬舞(冷凍うさぎ)
 髭だるマン(笑の内閣) 
 吉田凪詐(聖なる犬殺し)
 制作協力:吉岡ちひろ(劇団なかゆび)

ツレヅレ
 千田拓実(㐧2劇場)
 田宮ヨシノリ
 増田知就
 渡邉素弘

進行
 中筋捺喜(うさぎの喘ギ)
 キャメロン瀬藤謙友(ツレヅレ)

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(それぞれの座組の関係や出自を聞いてみる)

吉田(U):仲…いいんですか?
渡邉(T):いいって答えるしかないでしょ(笑)
吉田(U):(今回の俳優は)全員、キャメロンが声をかけて?
キャメロン(T):はい、全員、僕が声をかけて集まっていただきました。
吉岡(U):ツレヅレの皆さんは全員バックグラウンド違うんじゃないですか?
キャメロン(T):そうですね、全然違うと思います。そこから聞いてみましょうか。

田宮(T):僕は元々学生劇団だったんですけど、その頃から関西小劇場に出させていただいてて、学劇引退してからも関わらせてもらってます。
吉田(U):すごい顔広いもんね。葬式いっぱい人来そう。
田宮(T):どういうこと???没後何年イベントってこと???
増田(T):僕は近畿大学の舞台芸術専攻の、現在4回生で、1年くらい前から、小劇場などのオーディションを受けて関わらせてもらってます。突劇金魚さんのGFT(GoldFish Theatre:関西の劇団・突劇金魚による企画。)に結構同級生が出てて、吉田さんとはその繋がりもあったりします。
千田(T):僕は㐧2劇場(大阪大学公認団体でありながら、創立初期からの主宰が率いる社会人劇団でもある。)に所属してます。そこが、学生劇団といいつつ社会人もいるような団体で、上は61歳の方とかもいらっしゃって年齢層が幅広くて。学生劇団とか、学生劇団出身の団体には、ちらほら出させていただいてるんですけど、小劇場の人が多い座組みは、今回が初めてで。とても楽しくやらせていただいています。
渡邉(T):僕は高校演劇から演劇を始めて、卒業してからすぐに東京に出て、今回の公演まではずっと東京で活動していました。主な活動のフィールドは小劇場です。
吉田(U):大阪から東京に出たわけじゃないですか、どうやって舞台出てたんですか?
渡邉(T):狙ったオーディション受けて、バッて取って…そこで知り合った同世代の子が劇団の主宰やってたりして、その繋がりで広がっていったって感じですね。最初は何もなかったんですけど、楽しかったです。
吉田(U):東京のどんな劇団に出てるんですか?
渡邉(T):大きいところで言ったら柿喰う客・鹿殺し・あやめ十八番とか…若いところで言ったらはねるつみき・冗談だからね。とか。若手の劇団と、小劇場出身の中堅くらいの劇団を行ったり来たりしてます。

吉田(U):僕も出自で言うと変な感じで、出身は山口で、東京に行きたかったけど色々な事情で行けなくて関西に来たって感じです。僕も高校でしか演劇やったことなくて、どうやってみんな出演してるんだろう?って不思議で。関西小劇場に出だしたのは、本当ここ3年くらい。だからスタートが遅いんだよね。
中筋(U):学生の頃は学外ではやってなかったんですか?
吉田(U):学外無かった。なんでかわからんけどね…。で、僕はよく「DM直営業」ってのをやってます。うさぎの喘ギの泉くんもそれで知り合いました。全く面識ない人に「今度出演するんで見に来てください」って言ったら、たまーに奇特な人は見に来てくれる。それで繋がりを増やしていくみたいな感じですね。大学のサークルとかに入ってなかったから、今出演できてるのが不思議よね。だからさっきの渡邉くんの話はめっちゃ聞いてて「わかる」って思ってた。
髭(U):僕は生まれは広島で、とりあえず演劇をやりたくて、あと京都が好きだったから、京都に出てやろうって思って、大学の学生劇団に出てたりしてた。学生の頃に先輩のツテとか辿って、色んな劇団さんにも出させてもらって、なんかいっぱい出るようになった笑の内閣(京都市を中心に活動する時事ネタ劇団)に結局入ることになって。でも…なんか、長くやってると、同じような人とやることになっちゃう。そういうのよくないなって思って、あんまりよく知らないところに飛び込んでみようと思った。それで、うさぎの喘ギの第6回公演「うさり リクリエーション」のオーディションを受けた。なんも知らんのに受けに行ったら、周りが10代ばっかりとかで「あ〜失敗した〜〜〜」とは思った。その時は落ちたんだけど、その後オファーが来て、「受けた甲斐があったぜ…」って感じで来た。
浦長瀬(U):私は阪大で六風館(大阪大学の公認団体)に入っていました。でも新歓公演の時にすっごい㐧2劇場さんと迷ったんですよ。今でもファンで観に行ってるんですけど、だからそこの話を(千田さんと)めっちゃしたいんですけど…。1,2年生の時とか、仕込みのお手伝いとかも行ってました。
千田(T):冷凍うさぎさんが「No Surprises」のときに宣伝をくださって、行かせていただきました。
浦長瀬(U):ありがとうございます。私は六風館自体は2回生くらいで引退して、完全に小劇場界隈に行っちゃったので、あんまり下の世代との繋がりはないんですけど…。色んな繋がりを経て、中筋さんと知り合いになって、今回参加することになった感じです。

(共通の話題:この1年弱、どれくらいの公演が中止になった?)


吉田(U):僕は4本くらい無くなりましたね。
渡邉(T):僕自身はそもそも2020年はあんまり出演予定を入れてなかったんですけど、他の人たちはバンバン中止になってって。4月とかは世界の終わりを感じましたね。
吉田(U):よくTwitterとかで見るのは、「演劇は必要なのか?」って話ですけど、その辺はどうですかね。なんか、3.11のときも、大変な人がいるのに僕たちはこんなことしてていいのか、っていう疑問はありましたけど、今回は「いらないものじゃん」って声も出てきたじゃないですか。先に僕の話をすると、僕はあんまり俳優としての意識は変わらなかった。むしろ世の中が大変になればなるほど、みんなが大変だから、みんなが辛い思いをしたり、頑張ったりしたことに気付きやすくなったなって。そういう意味では、チャンスだなって思うんですよね。コロナで大変になったけど、自分の中でわかることが増えた。今までは普通に生活してたから立ち止まることもなかったけど、コロナで立ち止まった結果、当たり前にあると思い込んでたことに気付けたり。
渡邉(T):強引に視線を向けさせられたというかね。1人の時間も増えて、色々考えましたね。
吉田(U):僕はちょうど、客演とかにも出られるようになったときに止まっちゃって。そこから僕は「稽古だけする会」とかをやってたんですよ。それは「稽古だけ」なんで、発表しないわけじゃないですか。そこで気付いたのは、俳優としてお客さんからお金とって見せるのと、「演じる」ことって違うなってことです。その気付きが大きかったですね。申し訳ないとも思うんですけど、極論を言うと、劇場がなくなろうが、僕には関係ないなというか。もちろん劇場でやるのと外でやるのとは違うものですけど、そういう気付きと心構えが僕の中ではすごく大きくて。だからこの先の出演予定とかもそんなに無いんですけど、不安になることはない。
増田(T):僕も結構大きな仕事が夏に一つあって、2年後とかに延期になっちゃったんですけど、原点に立ち返ればそんなに考えては無かったなと思います。むしろ、今4回生なので、卒論をちゃんと頑張ろうと思いました。でも、創作に関わらなくなるとモチベーションが低下していっちゃって…10月ぐらい、「また舞台に立とうって気持ちが起きるのかな?」って思ってた時に、キャメロンからオファーをもらって。名前聞いたことあるけど知らない、でも同世代って人たちとやるって企画を聞いた時に、今までは学内だったり、座組の中で最年少って場合が多かったので、同世代の人たちはどんな風にお芝居に向き合ってるのかを知りたいと思って、出演を決めました。稽古に参加してみたらモチベーションもどんどん上がってくるので、今はすごく楽しいです。
渡邉(T):ない時はモチベーション下がっていくけど、実際関わると、意味とか考えずにやりたくなるよね。
中筋(U):それで言うと、浦長瀬さんは稽古っていうものに参加するのだいぶ久しぶりですよね?
浦長瀬(U):ちょうど去年の3〜4月くらいに、4本くらい出演があったんですけど全部延期になって。今、社会人2年目なんですけど、1年目の頃はやっぱり忙しくて、公演何回も打てないし参加もできないから、派遣とかに転職しようかなって考えてたんです。でもコロナがきて、派遣切りも横行して、転職無理やな、って思って。すると目の前にあるのが仕事だけになって、仕事してたら…仕事辞めてまでやりたかった演劇が、逆に嫌になって、離れたくなって、見るのもやめてたんです。また最近稽古始まって、あれだけ演劇から心が離れていってた自分が参加していいのかなって思うけど、参加してみたらやっぱり楽しいし…って感じで、今後どんな風に関わって行こうかなって思ってます。

(リモート演劇について)


田宮(T):髭さんなんかは今年、内閣はもはや活発だったんじゃないですか?
髭(U):去年のうさぎの喘ギが延期(注釈:2020年6月上演予定だった)になって、そのあとは何も無かったから、何もないまま生活するんかなって思ってたら、内閣の作演(高間響)が、リモートで公演をするぞ!って言い始めた。
5月にまず1本やって、6月には総勢40人くらい出るようなZoomを使った時代劇(笑の内閣「信長のリモート 武将通信録」)をやったりして。これまでよりもなんか忙しくなった。でも、リモートでの稽古は場所とか時間を問わないからいいっていう面もあるけど、家は生活する空間だから、切り離したいなとは思った。家は劇場じゃないから。生活に侵食してしまうまで、演劇のことやらなきゃいけないのかな、と考えたけど、そんなことはない。生活の方が大事って思いながらも、境界線がずっと曖昧で、「嫌やなぁ、リモート。」って思いながらリモート公演をやってた。で、いざ舞台に立ったらやっぱり舞台っていいなあとは思った。
リモートは、自分と、自分のパソコン以外のどうしようもない部分がたくさんあって…。パソコンのスペックによって音の拾い方も違うし、照明の当たり具合とかもそれぞれで違う。ネット回線が悪ければそもそも出演すらできない。そういう経験をして、スタッフさんたちは本当にすごい働きをしてくれていたんだなということを再確認した。画面越しだと人の空気もわかんないから、細かい機微とかも感じ取れないし、ラグによって聞こえも違うし…。セリフを聞いて、自分もセリフを言う、じゃなくて、セリフを聞いて、その最後をちょっと食うみたいに言わなきゃいけないから、それはもう違う技術が必要になってくる。だから舞台に戻った時は、人と一緒にやるのが演劇なんだな、って思った。
田宮(T):僕は5月にうさぎの喘ギのYouTubeの映像作品(「Hand and Stuffed」)の稽古が始まって、それが終わるかと思ったら笑の内閣のリモートに出て、そこから僕はずっと何かしらの稽古して、何かしらの舞台に出られて、だから去年とほとんど変わってないっていうか。リモートだった期間も5、6月くらいまでで、7月からはもう普通に稽古して普通に舞台でやってたんで、何にも変わってないっていうか…ずっと忙しかった。本当はこんなに忙しくする予定もなかったんですけど…。リモートだと、(時間帯関係なく)稽古できちゃうんですよね。
吉岡(U):笑の内閣のゲネ、何時からでしたっけ?
髭(U):深夜12時。人が寝てる時間だから、回線状況がちょっといいんじゃないかっていうのもあって。
田宮(T):ゲネが深夜12時から始まって、2時とかに終わるじゃないですか。もうその日に本番だから、寝て起きたらもう本番で。起きたら着替えてメイクして、1人で画面の前で待機して。あれは虚しかったですね。
吉田(U):あれは俳優って言えるんですか?
田宮(U):舞台俳優ではないですかね。カメラに向かっての演技だから、舞台俳優としての表現というよりかは、映像なのかな?映像でもない?

(学生劇団、若手の俳優の今後について)

 

田宮(T):今年は大学が開いてないから、学生劇団は公演できないんですよ。サークルもやってないから1回生入ってなくて、この2年くらいで学生演劇っていうものから圧倒的に人がいなくなって、俺はもう廃れて終わるんじゃないかって思ってるんだけど、どう思う?
千田(T):うちは去年の10月ごろ、ちょっとコロナが落ち着いた頃に新歓公演を打つことができて。そのおかげで最終的には6人、うちとしては例年通りの人数が入ってくれたので、助かりましたね。
キャメロン(T):学生演劇の今後とかは…
中筋(U):ノウハウとかが継承されないから死ぬんじゃないかみたいな意見もあったけど、どうなんでしょう。
田宮(T):照明とか音響とかのスタッフワークを落とし込んでいかないといけないけど、それをやる時間もないし、リモートでやっても仕方ないから。
吉田(U):学生演劇とはなんなのかってのを問われるタイミングだったのかなと思う。大学から「停止しなさい」って言われたら、もう何もできなくなるわけやん。その時に形を変えてでもやろうって思うの?
千田(T):大学から止められてる時期は、新歓の一環としてうちの劇団でもリモート公演をやってみたりしました。今も新入生たちをどう育てていくかって考えると大変なんですけど…やっぱり対面は厳しいので、リモートでできるだけのことをやろうと進めていってます。
中筋(U):衰退っていうのはなさそうですかね…?
千田(T):正直なところ、リモートで技術を伝えていくことの難しさは痛感してるところではありますね…。
吉田(U):なんか、ルールを破ろうとかは思わないの?サークル停止って言われても、こんな風に劇団組んでやったり。
キャメロン(T):それは結構難しくて、その看板を背負えないんですよね。同じ団体としてはやりづらい。大学の無料の施設を使って、すごく安い料金で公演を打ててたのが、じゃあ外の公民館を借りようとかってなってくると、お金の桁が跳ね上がる。ノウハウがないからやりづらいっていうのと、同じ看板を背負ってしまうと、今後活動再開するときに、「あのときルール破ってたから、公認団体として大学の施設を使わせるのは難しい」って言う話になっちゃうんで。やるなら派生団体として、名を隠してやるってのは多いと思います。卒業公演を、名前を変えて別の企画としてやるとか。後輩たちに迷惑かけないようにしないといけない。
吉岡(U):私は京都で制作をしてるんですけど、大学外でやるってなったときに、制作的ノウハウを何にも知らない、でも俳優や演出をやりたいって人が多いので、この1年は学生の団体の制作を、社会人である私がやるってことが多くて。実際学生さんなので、外小屋の使い方も最初から伝えたり、予算も学生劇団とは違う桁になってくるんですけど…継承ではなく、継続っていう観点からは、学生劇団の人たちもやってはいたんです。ルールを守りながら。
渡邉(T):聞いてると、モチベーションの高さがすごいなって思いました。学内でできないんだったら学外でやろうぜ!っていう気合いがすごい。二足のわらじの状態で、どっちもやるぜ!っていう気概がすごい、かっこいい。そこまでやるんだったら、アカデミックな場で体系的に学んだ方がいいのにとも思う。
キャメロン(T):それだけやる気があるのに、例えば芸大とか、近大の舞芸とかに行かないのかってこと?
渡邉(T):いや、前までは二足のわらじでも出来ていた子たちが、演劇出来なくなるなって。それはいいことなのかな?って思う。
浦長瀬(U):私たちの同期で、今も演劇やってる人たちって本当に少なくて。じゃあ、今辞めてる子がなんで当時やってたのかって言うと、演劇を極めたいってだけじゃなくて、みんなでその場で一つのものを作り上げるのが楽しいからやってるって人もだいぶ多い。専門的に学ぶよりかは、「今この面子で卒業公演をしたい」とか「このタイミングだからこそできることをやりたい」っていうモチベーションの方が高いのかなって思いました。
田宮(T):甲子園みたいなものよ。
吉田(U):今なんか考えを聞けた気がする。演劇の勉強をしてからのほうがいいって思ってるってこと?
渡邉(T):絶対そうじゃないですか?でも、日本の俳優って、昔は不良がやる仕事、みたいな側面もあったじゃないですか。僕はそれがいいなとも思ってて、だから今こうやって演劇してるんですけど、学んだ方がいいとは思ってます。
吉田(U):学んだ方が幅は広がるよね。気付く量も変わるし。
渡邉(T):今やってる人は、これからやるかやらないか、自分の孤独とかと戦えるけど、まだ初めてない子たちはこの場にも立てないって言うのが、辛い。
吉田(U):文化庁の、「文化芸術活動の継続支援事業」って、あったじゃないですか。あれも、ちょっとでも始めてる人しか受けられない。今からやるっていう人の保障が何もなされてないって言うのが実態だよね。だから、なろうと思って諦めた人もいっぱいおるやろうね。
渡邉(T):そういう人たちにも向けて芝居してたなって思います。まだきっかけがないような子たちにも、きっかけの一つになればなあって思ってました。僕らも上の世代の人たちを見て、面白いなって演劇始めたわけじゃないですか。そういう積み重ねが一気に削れたような感覚。コロナ禍では、自分のことも辛かったけど、そういうことを考えて辛くなってました。


キャメロン(T):コロナ禍では見知った人としか会えないというか、はじめましての人と会う機会が減ったなというのが僕個人的には辛いなと思っていたんです。そんな中だからこそ、こういう機会が設けられて本当に良かったと思います。
渡邉(T):Twitter見てもインスタ見ても伝わらへんもんね。
キャメロン(T):そう。だから、今こうやって見知った人になったから、まだ誘いやすいんじゃないかなって思います。



(終)